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広島地方裁判所 昭和39年(行ウ)14号 判決

原告 脇本彰

被告 呉市 外一名

主文

本件訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告呉市は、昭和三二年四月二八日付で被告中田ツヤに対してなした呉市稲荷町一三番の八宅地二九坪の売渡処分が無効であることを確認する。予備的に、右処分を取消す。二、被告中田ツヤは被告呉市に対して、右土地につき、広島法務局呉支局昭和三二年六月一九日受付第四八五七号をもつてなされた昭和三二年六月一七日付売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。三、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告呉市の住民であるが、被告呉市は昭和三二年四月二八日その所有にかかる請求の趣旨一記載の土地(以下本件土地という)を重村ツヤ(被告中田ツヤの婚姻前の姓名)に代金一七四、〇〇〇円で売渡し、請求の趣旨二記載のとおり所有権移転登記手続を了した。

二、しかしながら、被告呉市の右売渡処分は、次の理由により地方自治法第二四三条の二第一項(昭和三八年法律第九九号により改正される前のもの、以下同じ)にいう財産の違法な処分に該当し、その瑕疵は明白かつ重大であるから、右処分は無効であり、仮に無効でないとしても、取消さるべきものである。

(一)  本件土地の売渡処分の相手方は重村ツヤとなつているが、重村ツヤとは、被告中田ツヤが訴外中田義春と婚姻する以前の氏名であり、右処分当時重村ツヤという人間は実在していないから、右処分は全く効力の発生する余地のないものである。

(二)  本件土地は、呉市第二工区土地区画整理事業において、呉市本通一三丁目一番地の六宅地二三坪八合九勺の代替地として、右土地の仮換地被指定人に対して売渡されるべきものであつたところ、右仮換地被指定人は訴外重村チエであり、被告中田ツヤではない。

(三)  さらに、本件売渡処分の前提となる右仮換地指定の処分には次のような明白かつ重大な瑕疵があつて無効というべきであり、したがつて、これを前提とする本件売渡処分もまた無効というべきである。

(1)  呉市土地区画整理審議会の議事規則によると、議題に利害関係を有するものは審議に加わることができないことになつているが、本件土地の仮換地指定の件を審議した昭和三二年二月二〇日の第五回呉市第二工区土地区画整理審議会には、被告中田ツヤの夫であり、重村チエの義弟である右審議会委員中田義春が、その身分関係を秘して審議に加わり、他の二名の競願者を不当に排斥し、自らも表決に参加して、重村チエを本件土地の仮換地被指定人とする旨の決議をなした。

(2)  右仮換地指定当時、重村チエは、その元地となる本件土地及び呉市曙町三丁目一番地の二宅地一二坪九合六勺を所有していなかつたにもかかわらず、本件仮換地指定は、これを所有しているとの架空の前提にたつてなされたもので違法である。

被告は、仮換地指定申請には元地を提示すれば足り、必ずしも申請人が元地の所有権を未だ取得していなくとも適法であると主張するが、これを適法、有効なものと取扱うときは、区画整理を投機の対象とすることとなつて不当であり、法の目的から許されないものと解すべきである。

三、原告は、昭和三五年二月一八日地方自治法第二四三条の二第一項に基づき、呉市監査委員に対し本件土地売渡処分の取消を求める請求をなしたところ、昭和三五年四月一日頃、当時の呉市長松本賢一から、今後事務処理には適正を期する、関係職員に対して相当の処置を講じた旨の通知を受取つた。

四、しかしながら、原告は右処置に不服であるから、地方自治法第二四三条の二第四項に基づき、被告呉市に対して、本件土地の売渡処分の無効確認(予備的にその取消)、被告中田ツヤに対して呉市に代位して本件土地の所有権取得登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。

被告呉市訴訟代理人は、本案前の申立として主文同旨の判決を求め、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、事実に対する答弁及び主張を次のとおり述べた。

一、本案前の主張

(一)  地方自治法第二四三条の二第四項の規定に基づく昭和二三年最高裁判所規則第二八号によると、同条の訴には行政事件訴訟特例法が適用されるものであるところ、本件訴は行政事件訴訟特例法第五条第一項に定める出訴期間経過後に提起されたもので不適法である。

(二)  地方自治法第二四三条の二のいわゆる住民訴訟は、住民全体の公共の利益を確保するために認められた制度であつて、単に個人的権益を擁護する手段として利用さるべきものではない。原告は本件土地の仮換地である呉市本通一三丁目一番地の六宅地二三坪八合九勺を不法に占拠し、

被告中田ツヤから右土地の明渡を求められ、現に土地明渡請求訴訟が係属中であるところ、原告は右訴訟を自己に有利に導くためにのみ本件訴を提起したのであつて、本件訴は不適法で却下を免れない。

二、本案につき、請求原因一、三の事実は認める、二の主張は争う、すなわち、

(一)  本件土地の買主は、重村ツヤとなつているが、重村ツヤと被告中田ツヤは同一人物で、架空の人間に売渡したわけではない。

(二)  請求原因二(二)の事実は認めるが、本件仮換地指定処分の後、重村チエと中田ツヤとの間で、本件土地を中田ツヤが取得し、したがつて右仮換地被指定人を中田ツヤに変更する旨の合意が成立し、呉市長に対しその旨申し出たので、呉市は本件土地を中田ツヤに売渡したのである。本来仮換地の指定は、いわゆる対物的な処分で、元地が誰の所有であるかは問題ではなく、当事者の合意があれば、仮換地被指定人を変更するのは当然である。

(三)  中田義春の身分関係、同人が原告主張の審議会に加わり表決に参加したことは認めるが、呉市土地区画整理委員会の議事規則に議題に利害関係を有するものが審議に加わり得ないとの定めはないし、中田義春が他の競願者を不当に排斥した事実はない。

仮に右審議会の決議が違法なものであつたとしても、土地区画整理審議会は土地区画整理施行者の諮問機関にすぎずその決議に瑕疵があつても、仮換地指定処分には影響を及ぼさない。

(四)  仮換地の指定を受けようとする者は、元地を提示してその申請をしなければならないが、審議の結果その元地が不適当とされた場合、申請人がその元地の処理に困る場合もあるので、申請の段階では必ずしも元地が申請人名義でなくともこれを受理し、仮換地指定が決まつたときに、その通知とともに、元地につき所有権取得登記を促しており、仮換地指定処分の効力は右登記がなされてはじめて発生するものであるから、この取扱いに違法な点はない。そして中田ツヤは、仮換地指定処分を受けた後、元地である本件土地及び呉市曙町三丁目一番地の二宅地一二坪九合六勺の所有権取得登記を了した。

被告中田ツヤ訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、事実に対する答弁及び主張として、請求原因三の事実は不知と述べたほか、被告呉市訴訟代理人と同一の陳述をした。

(証拠省略)

理由

地方自治法に定める、いわゆる住民訴訟に関する規定は、昭和三八年法律第九九号によつて改正され(改正前は同法二四三条の二、改正後は二四二条の二、以下新法、旧法という)、新法二四二条の二の規定は昭和三九年四月一日から施行(同改正附則第一条)されたものであるところ、同改正附則第一一条によると、新法は原則として、新法施行前の違法な財産の処分、管理についての訴訟にも適用され(同条第一項)、ただ新法施行の際現に係属している旧法に基づく訴訟については旧法による(同条第二項)ものと規定されている。そして、右規定は、新法施行後の住民訴訟について旧法を適用するのは、訴が新法施行時に係属している場合に限る趣旨であつて、訴の前提としてなされる監査請求に対する審査が旧法に基づいてなされたとしても、訴が新法施行後に提起されたものである以上、新法を適用して裁判すべきものと解するを相当とする。

ところで、本件訴は、昭和三九年七月二一日に提起されたものであることが記録上明らかであるから、本件訴には新法を適用して審理、裁判すべきである。

新法第二四二条の二第二項第一号によると、同条の規定に基づく訴は、当該監査の結果又は当該勧告の内容の通知があつた日から三〇日以内に提起すべきものとされているところ、原告の主張によれば、本件処分に対する監査請求は昭和三五年二月一八日になされ、右監査請求に基づく措置の回答は昭和三五年四月一日頃原告に通知されたというのである。そうすると、本件訴は、前記のとおり昭和三九年七月二一日提起されたもので措置の通知のあつた後三〇日を経過した後の提起であること明らかであり、新法第二四二条の二第二項第一号に照らし不適法な訴といわねばならない。なお、原告の請求の趣旨第一項の訴(売渡処分無効確認の訴)を、住民訴訟以外の確認訴訟と解するとしても、原告が右法律行為の無効確認を求める直接の法律上の利害関係を有するものでないことは原告の主張自体により明らかであるから結局訴の利益がなく、不適法な訴といわざるを得ない。

よつて、原告その余の主張につき判断するまでもなく、本件訴は不適法なものとして却下することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川茂治 雑賀飛龍 河村直樹)

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